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今年のGWは夫の実家 出雲崎に4泊5日
じっくり滞在してきちゃいました
最近ではジェロのデビュー曲「海雪」の舞台としても脚光を浴びる出雲崎
改めて美味しいスポットを楽しんできました〜♪
まずはやはり日本海の幸
名物の「浜焼き」は近所のコンビにでも普通に並んでいます

お次は徳川300年の間、海運の要所としても栄えた 出雲崎の歴史を伝える「天領の里」
常設展示場では当時、北周りの海路を賑わせた「御奉行船」が迎えてくれます

そして出雲崎といって忘れてはならないのが石油
日本石油発祥の地でもあるのですね〜
日本の経済成長のエネルギー源を供給しました

最後は、やっぱり活きのいい魚で締めましょう!
寺泊は、いまや関東圏からも観光バスが集まる人気の魚市場
店内には近海、遠洋、あちこちから集まった海の幸がずらり
お値打ち価格でならんでいます

この日は天気も良くて
多くの家族連れが店先の浜焼きを物色しつつそぞろ歩き

ケンちゃんは 嫌いな帽子をむしり取る余裕もなく
お父さんにしがみついてキョロキョロ
しっかり観光して周りました
そう ここに君のルーツがあるのだよ
海外留学、私にとってそれは、キャリアにおいて自分をワンランク引き上げるための手段でした。海外で修士号を取れば、それだけでまわしてもらえる仕事はもっと面白くなってくるはず、間近に迫った「三十路」の声に背中を押されるように、私は仕事をやめ、留学に旅立ちました。だけど今振り返ってみると、留学には、単なるキャリアアップの手段、箔付け以上の意味があったと思います。
留学中にはたくさんの人々と出会い、つわもの達と学生生活をともにしました。各国を飛び回って活躍する子連れのシングルマザー、ブラジルから夫婦で留学してきた森林保全の研究者、戦火を潜り抜けて学生となるにいたったイスラエルの若者… たくさんの人生、生き方を見知ることができました。みんな生まれた環境も、背負っているものも、考え方も、大きく多様性に満ちていて、日本で「普通」と思っていた自分を相対化してみることができました。
結局、帰国後、私は留学前に考えていたキャリアを微妙に変更して仕事に就きました。仕事一筋だった考え方も変わり、私生活の充実も求めるようになりました。また人生を自分の力で切り開く逞しさが、人間を輝かせる魅了のひとつだと知りました。振り返ると留学は、私の単線的だった人生観を変えてくれました。留学は、たとえば人生に少し行き詰まりや閉塞感を感じたときに、物の見方をぐぐっと広げるための絶好の機会だと思います。
そんな私がこの記事で紹介するのは、格安で経験できるフィジー留学のプログラム。基本的に私は、新しい環境には数ヶ月は住まなければ見えてこないことが多いので、留学も1年か、それ以上の長期のものが良いと思います。でもいきなりそんな長期留学を決心するのは大変でしょうし、自分が異文化でやって行けるのか、また語学力に自信がない人も、まずは短期の語学留学でこて調べすることは有意義だと思います。
実体験ではないので、無条件ではお勧めするわけではありませんが、人々の人生観、時間の流れ、生活スタイルなど、日本とは思い切り違った環境に身をおいて触れることによって、たくさん刺激を受けることができるのではないでしょうか。加えて、偏見ですが、フィジーというお国柄も、先進国と比べて、地元の人と触れる機会を得やすいように思います。フィジー留学が、自分の人生にとってどんな意味を持つか、もっとよく考えてみたいという人のために、「迷い続ける25歳の退職届」という本も参考になるかも。
人生最大の遅刻は、忘れもしない、まだ10代の若かりしころ。初めての海外旅行に胸をときめかせて姉と二人、憧れの地、トルコに旅立ちました。まさかあんな終焉を迎えようとは思いもせず…
海外旅行初心者の姉妹は、旅行を存分に堪能しました。イスタンブルでおかしな日本語をしゃべる男性に「ガイドしてあげる。」とつきまとわれたり、ローカルバスで知り合った家族連れと海水浴を楽しんだり、「ギョレメ(見てはならぬもの)」という名前の奇岩群に入りこんで目を見張ったり、楽しい事続きで前半を乗り切ったまでは良かったのです。
雲行きが怪しくなったのは旅の後半戦。あほなことに、落ちた果物を食べて腹を壊した私は、ハックルベリー宜しく、木の上に作られた小屋の安宿に篭城するはめになりました。激しく壊れた腹を抱え、頻繁にトイレに行くために、木の上の部屋から梯子を上り下りしたのはさすがに辛かった… ようやく腹が治ったころには、帰路のフライトが迫っていました。
「エジプト・バザール(イスタンブル最大のバザール)は最後に見てお土産をたんと買おう!」と、楽しみにしていたバザール。着いてみたら、「日祝日休み」というすげない現実に唖然としました。時間をもてあましつつ、「まぁ思い出の多い旅になった。」と、慰めあいつつ空港へ。しかし真にショッキングな事件は空港で待っていたのです。
イスタンブル空港に着き、フライト案内板を見ながら帰りのAeroflotのフライトナンバーを探していた私たち。いくら探しても、お目当ての便は見つかりません。そのうち姉が気づきました。「あれ? これもしかして1日過ぎてない? き、昨日の夜中に出ちゃってるよ!」と仰天。良く見ると、真夜中のフライトなので一日間違えて考えてしまったのです。
海外旅行初心者によくある(?)間違いかもしれませんが、我々文無し貧乏姉妹は、途方にくれました。なれない英語で次の空席を探し、人生ではじめてクレジットカードを使い、やっとこさ24時間後のTurkish Airの席を確保した時にはくたびれ果てていました。
「これから24時間どうするー?」「お金ないからなぁ。」
結局、空港で時間をつぶすことにした私たちは、ベンチで文字通り膝を抱えてうつむいていました。「チケット代、どれぐらいバイトすれば返せるかなぁ。」なんて暗い気分でぼーっとしていました。そこへ、ふと目の前に差し出された手のひら。黒いチャドルを被ったトルコ人のおばさんが、化粧気の無い顔で笑っています。手のひらには、数粒のひまわりの種が。「ブユルン(どうぞ)」ひまわりの種がこれほど美味しいものだとは、ふとした親切がこんなに嬉しいとは…
苦い失敗がトラウマになることもなく、その後私が何度も海外に出ることになったのは、あの時、こんな暖かい「ワンポイント幸せ」をプレゼントされたからかもしれませんね。